心の通信
仏典童話
「あたたかい手」
さく・まつしまやすはる
(1)

さばくにまよいこんで、どのくらいたったでしょう。あつくなり、のどがかわいてきました。めまいがしてきました。とうとう、シッタカはたおれてしまいました。
ふときがつくと、あたたかい手を感じました。
その手が、シッタカのからだをおこしてくれました。顔は見えませんでした。ふたたびシッタカは、きをうしないました。
*
どのくらいたったでしょう。
あおい空、さわやかな風、つめたい水。
シッタカは、オアシスの泉のそばできがつきました。だれもいませんでした。食べものがおいてありました。その食べものをむちゅうで食べました。
(2)
いくねんかがすぎました。
シッタカは、父がなくなり、母もなくなり一人になってしまいました。
またときがすぎ、悪い人間にだまされ、家も、田も、畑もすべてとられてしまいました。
シッタカは、親からもらった財産をすべてうしないました。
*
町のはずれで、シッタカは一人すわっていました。
年老いたお坊さまがとおりかかりました。
シッタカは、お坊さまをよびとめました。そして、自分におこった悪いことを話しはじめました。お坊さまはしずかに聞いていました。 シッタカの話しがおわると、お坊さまは言われました。
「あなたの話しを聞いていると、いまあなたは、誰も信じられない、という心のようだ。そのような心で、あなたは私を信じることができるか。信じることができるならば、あなたをすくおう。信じることができなければ、この場を去ろう。」
シッタカは、お坊さまを信じることができませんでした。
でも、そのことをすなおに言うと、お坊さまどこかにいってしまいそうなので、とりあえず嘘を言いました。
「信じます。」、と。
(3)
お坊様とシッタカは、山の中にあるお寺に行きました。
お寺のそばに崖がありました。その深い崖の上に、枝をはり広げている松の木がありました。
お坊様、その松の木を指さして、
「その松の木に登れ!」
と言いました。
「はい。」
シッタカは、崖を登り、松の木のてっぺんにあがりました。
「その枝にぶらさがれ!」
シッタカは、こわごわ枝にぶらさがりました。
「右手をはなせ。」
「はい。」
シッタカは、右手をはなし、左手一本でぶらさがりました。
「左手をはなせ。」
シッタカは、びっくりして 言いました。
「この手をはなしたら、落ちてしまいます。」
「落ちたらいい。後は私にまかせとけ。」
お坊さまは、しずかに威厳のあることばで言いました。
シッタカがちゅうちょしていると、
「私を信じるか。」
お坊さまの声に、シッタカは覚悟を決めました。
シッタカは、左手をはなしました。
シッタカのからだは、宙に舞いました。
「あー。」
地面にたたきつけられると思いました。
しかし、シッタカのからだは、しっかりとお坊さまの手にうけとめられました。
その手の感じに、懐かしい想いがありました。昔、砂漠で倒れたときに、助けていただいたあたたかい手の感じだったのです。
「砂漠で助けて下さったのは、あなただったのですか。」
お坊さまは、シッタカのはればれとした顔を見て、
「あなたは、今、仏さまの手のことを思い出した。そのあたたかい手の感じを大切にして困った人々を助けなさい。」
と、笑って言いました。
その後、シッタカは修行に励み、りっぱなお坊さまになりました。
おわり
過去のアーカイブ
・仏典童話「いねむり和尚」
・仏典童話「あたたかい手」
・仏典童話「天人になったトラ」